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zoom RSS 言葉を作る話。の話。・補遺

<<   作成日時 : 2012/03/19 19:13   >>

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【補遺】もれたりなどした事柄を、あとから拾って補うこと。また、その補ったもの。(『精選版日本国語大辞典』)

【創萌力】物事に「萌え」を見出す能力のこと。「萌え」ることのできるシチュエーションを想像・妄想する力。あきふゆ氏による造語
 
【萌容力】「萌え」を受け入れる能力のこと。「萌え」という現象そのものが対象となる場合(A)と、「萌え」ている人が対象となる場合(B)とがある。筆者による造語。
[例文]
A「萌え系の絵柄は確かにかわいいと思うけど、萌え系アニメを欠かさず見るほどの萌容力はないなぁ」
B「漫画とかアニメとかあんまりわからないのにもかかわらず、彼の話を飽きもせず笑顔で聞き続ける彼女の萌容力はすばらしい」

初回から前回までの4回にわたり「創萌力」について語ってきたわけであるが、思いがけず長文となってしまった。そこで今回は、結論を端的にまとめることと、語り漏らした部分、難解な部分の補足をしたい。なお、前4回を読んでいない方はできればそちらを先に読んで欲しい。
第1回  ◆第2回 ◆第3回 ◆第4回

【1】結局、「創萌力」のことをどう考えているのか。
「萌え」語で端的に表現すれば、「ツンデレでモエモエな造語だと思います」というのが結論である。そもそも「創萌力」という単語一つでこれだけの分量の妄想が広がるというのは尋常ではない。(少なくとも筆者にとっては)魅力的な造語と言わざるを得ない。

【2】「ツンデレでモエモエな造語」では意味がわからない。
一般的な言葉で言い換えれば、「とっつきにくいが魅力的な言葉である」となる。造語法は正統派であり、「創萌」という熟語もきちんと向き合えば意味が明らかなため、機能面での問題も無い。また、「とっつきにくさ」は必ずしも語の定着にマイナスには働かない。

作詞家の阿久悠氏は、ヒット曲に必要な要素として「フック」があることを重視したという。「フック」とは鉤(かぎ)のことであり、引っかかるもののことである。あまりに素直すぎる歌詞は聴くものの心に残らない。聴くものの心に違和感を与え、何らかの引っかかりを持たせる要素が無ければ歌はヒットしないのである。また、芸術家の岡本太郎氏は「上手く作る必要なんか無い。上手く出来た作品なんて、面白さもへったくれもない」と言っている。(注・文言は不正確かもしれません)

最初にちょっと違和感があるぐらいの方が、新しい定番になる可能性を秘めているのである。

【3】「定着への道を探る」と言っていたが、どうすれば良いということか。
ツンデレっ子故に照れてるだけなので、それを理解した上でどんどん使うのが正しい向き合い方であろう。

【4】筆者は異性の趣味もツンデレ好きなのか。
「ツンデレ」の情趣も解するというだけであって、現実世界のソレとは別である。現実と萌えを混同するのは「野暮」であり、真の風流人への道から大きく外れる行為である。

【5】筆者はアニメとか漫画に常日頃からモエモエしているのか。
答えは「否」である。「萌えているヒト」への萌容力は別として、「萌え」そのものへの私の萌容力は人並みである。

【6】では、「創萌力」に「萌え」を見出した創萌力はどう説明するのか。
私は日本語の研究を生業(なりわい)としている。人間にではなく言葉に萌えを見出す能力に関しては、一般のヒトよりも長けていると自負している。

【7】筆者は言葉を擬人化してモエモエできる変態の一種ということか。
私がある種の変態かも知れないということには、水掛け論になるであろうからあえて反論しない。しかし、言葉の擬人化は普段はしていない。今回論じたのが「創萌力」であったために「萌え」で表現する必要が生じ、擬人化まで踏み込んだのである。

私が常日頃から日本語を擬人化して「形容詞モエー」だとか「係り結びたんハアハア」だとか言っているわけでは無いので、その点は誤解しないで欲しい。

また、twitterで「接尾辞ああかわいいよ接尾辞」だとか「形態素って聞くと興奮する!!」だとかつぶやいている女子大学院生を知っているのだが、この場合も擬人化していると言うよりも、犬や猫がかわいいと思うのと同種の反応なのではないかと考えている。(「接尾辞」「形態素」はともに文法用語)

彼女も変態かさもなくばノイローゼの一種だとは思うが、私よりも言葉への愛情の深さを感じる。言葉に対する私の創萌力は業界では凡庸な部類に入る。

【8】あきふゆ氏もまさかこんな長文で応じられるとは思わず、戸惑っているのではないか。
その点に関しては私の不明の致すところであり、伏して許しを請いたい。

日本語の研究者というのは、プレイヤーではなく観客でもなく、評論家に近い傍観者である。よく言えばミステリィで言う探偵役に当たるが、あまりによく言い過ぎである。私は生み出された「言葉」という現象に対して後付けの説明を加えることしかできない。そんな私が創造者(プレイヤー)への敬意を忘れてはならないことは言うまでも無いことである。

いやホントマジでごめんなさい。妄想と創萌力が溢れて止まりませんでした。

【8】今回の補遺で、本当にわかりやすくなったのか。
かえって混迷の度合いを増したと言うべきであろう。

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