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zoom RSS 発想の違い。

<<   作成日時 : 2012/09/24 18:39   >>

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先日、「ハードルと堂々巡り。」という記事で本居宣長が似たようなことを書いていると述べた。しかし、改めて確認してみたところ、僕が書いた文章とは、ちょっとニュアンスが違っていた。

僕が書いたのは、「良くしようと作為が入ると不自然になるが、自然にしようとしても結局『自然にしようという作為』が入ってしまうから、ぐだぐだ考えていると何もできなくなる」という内容。

本居宣長の場合、和歌を作る際に自らの本当の心情を詠むとはいかなることかについて考えを述べているのだが、要約すると、大体以下のようになる(結構うろ覚えですが)。

花に感動していないのに感動したという心を詠めば嘘になる。しかし、うまく詠みたくて技巧に走るのは、うまいところを見せたいという気持ちは詠み手の本心なのだから、本心を詠んだことになる。逆に技巧に走るのはわざとらしくて良くないからと技巧を排除してあえて自然に詠もうとするのは、「うまく詠みたい」という自分の本心に背く行為である。

似た論理だけれど、身動きが取れなくなると書いたネガティブな僕に対し、宣長は「その気持ちが嘘で無いなら好きなようにやればよい」と非常にポジティブだ。

「見習いたい」と締めたいところなのだけど、残念ながら宣長が詠んだ歌の評価はあまり高くない。

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