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zoom RSS 褒めること(その1)。

<<   作成日時 : 2013/09/28 11:47   >>

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静岡県知事が、「全国学力・学習状況調査」に参加した県の小学校で、国語Aに関して全国平均を上回った学校の校長の氏名を公表した。

知事の声明全文はこちら。公表した理由を知事が述べた部分をそのまま引用する。

校長名を公表するのは、学校教育の責任は現場の先生にあることを明確にするためです。

実施要領では、学校名の公表は禁じられています。校長名と学校名とは同じだという主張があります。それは誤っています。

学校と校長は同じではありません。なぜなら、学校は変わりませんが、校長・教師は異動するからです。よい教師に恵まれれば、その学校の教育水準はあがります。逆も真です。子供の能力を引き出すのは先生方の仕事です。子供の学力は教師の指導力・授業力に大きく依存しています。高校野球でも、よい監督に恵まれたチームは強くなりますが、監督の指導がよくないとチームの実力は伸びません。まして、小学校の子供の学力の伸びは、先生の指導力に大きく依存しています。小学校の校長は、その学校全体の教師の授業力・指導力をあげる責任をもっているので、責任をもっている者の氏名を公表するのです。

このたび、成績が上位の小学校の校長名を公表したのは、校長にもまして、その学校で実際に指導にあたっている多数の現場の先生方を褒めるためです。しかし、それが目的ではありません。


最後の「しかし、それが目的ではありません」のあとは、本当は下位を公表して、その学校・地域を集中的に支援したかったのだという話が続く。結局何のために公表したのかがブレている点はここではおいておくとして、「校長にもまして、その学校で実際に指導にあたっている多数の現場の先生方を褒めるためです。」という目的は、今回の公表で果たせているのだろうか。

「褒める」ことによって期待される効果としては、「成果が認められるという形での精神的な報酬」と、それに伴う「より一層のやり甲斐・意欲の増進」といったところだろう。褒められなかったその他大勢にとっても、「今度は自分も褒められるような成果をあげよう」という目標が得られる。教育的には、次につながってこその「褒める」行為であることが大切だ。

では、そういう良い影響を、今回の「校長の氏名公表」は与えられたのか。(続きます)








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